浅き夢見し(3)シルバー・スコードロン

 関宿に通っているうち不思議に思っていたことがもう1つあった。スピード競技が無意識の核になっていることである。これが判らない。
スピードはタスクと呼ばれる距離を如何に速く回るかで競われる。必然的にクロスカントリーの要素になり、それがフライトの中心になるのだそうだ。
説明してくれた人は得々として「今のグライダーは餓死するまで飛んでいられますから滞空競技はありません」と得意な顔である。単純な距離と高度は装備と場所を選ぶものであって、競技の対象にはなりづらいもののようだった。唯一競技になるのはスピードだけなので、それがグライダーの目標だとのことだ。
競技は2,000フィートまで飛行機に曳航され、スタートは各自が宣言して決められた線を出発していく。だからなのだろう普段の関宿でも、判で押したように2,000フィートなのである。これも不思議でしようがなかった。
たしかに経験が少なくやっと飛べるときは、なんとか空につかまることに精を出すが、いくらか飛べるようになるとすぐ最新鋭機に乗りたがる。どう考えてみても、スピード競技が無意識にあるからだとしか思えない。
世界のグライダーがそうなっているとある人が説明してくれた。なるほど。それならば世界と大日本帝国陸軍内務班的グライダーには距離がありすぎる。それを言うと、だからヨーロッパやオーストラリアが流行り、帰国子女が強いのだと説明された。なるほど。
可憐だと思った。世界と足並みを揃え、世界に通用したいと願うのが痛ましい。
なぜ小さいサーマルしかない日本に、足を着けたグライダーを考えないのだろう。ウインブルドンだけがテニスではないし、皆が皆、ウインブルドンを目指す必要も無かろう。蟹は甲羅に似せて穴を掘るというが、日本のサーマルに見合ったグライダーの世界を作ればいいじゃないか。
はたと気が付いた。思考停止は日本グライダーの根本前提だ。これは自分でやるしかない。やるとしたらどうすればいい。
思いつめている健気な人たちに喧嘩を売るようなことはしたくない。だから普通のグライダーは使わず、普通のグライダー・マンとは違う人々で始めよう。1998年のことだった。
考えているうちアイディアが浮かんだ。3種のグライダーを使おう。これなら最低ランクのグライダーだし文句を言う人もいるまい。そして定年退職した人たちを集めよう。名付けてシルバー・スコードロン、アサヒソアリングクラブ・シルバー・スコードロン。
定年退職者にはいいことがある。ウイーク・デイに飛べることだ。これならクラブを邪魔することないし、関宿経済のタシにもなる。体力が問題だが、軽いグライダーを選べばいい。
決まれば先立つものが必要だ。生まれて初めてカネを貯め始めた。
さて3種のグライダーが問題だ。そもそも世界の基準に3種なんて無い。あてずっぽうにKa8を3種で登録できないかとエアロビジョンの伊藤さんに相談したら、過去に例があったとの返事だ。念のために佐藤一郎さんに持ちかけたら、すでに2種で登録されているから無理だとの返事である。
3種グライダー探しは手間が掛かった。宮沢君がアドバイザー。インターネットで見つけると伊藤さんに相談し佐藤さんに相談したが、みんな帯に短く襷に長い。条件をクリアーできずにボツになる。探してはボツ、探してはボツ。
窮すれば通ずる。しつこくやれば道が見える。アメリカにSparrow Hawkというグライダーを見つけた。自重70kg、スパン11.1m、全長6.3m、滑空比32、最良滑空速度85km/h、最低沈下率0.64m/s。性能そこそこ軽くていかにも老人向き、けれども$25,000にはカネがちょっと足りない。光が見えたぞもうじきだ!

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