(6)滑空回廊

 グライダーのアプローチ・パスはパワーでアジャストできない。着陸はゴーアランドできないから、いつでものっぴきならないものだ。滑空比がたった5しかないオービターを、うまいことタッチダウン・スピードにして、タッチダウン・ポイントにもってくるためにはそう選択の幅があるわけではない。だから、たぶん回廊と呼ぶような、そんな経路を飛ぶことになる。
滑空距離より遠いところで大気圏に突入したら、望む滑走路に着陸はできない。アウト・ランディングなんてことになったら、さぞや大ごとになるだろう。
オービターは迎角20゜で大気圏に入り、次第に機首を上げて30゜を保って減速する。頭を下げて突入すると、急激に空気密度が大きくなって大きなGがかかるのと、摩擦熱に耐えられないからだ。機体の前はセラミックで防護されているが、機首で1,460℃、翼端で1,120℃にもなる。


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速度がマッハ8まで下がったら、迎角が10゜まで徐々に機首を下げる。この時の速度は900kt、高度はほぼ23,000mになっている。大気圏に入ってからの時間はほぼ30分だ。ここまではどちらかと言うと弾道飛行に近く、半分は宇宙船半分がグライダーだったが、ここからは間違いなくグライダーだ。
初歩の練習機は別だが、グライダーには2種類の昇降計が着いている。ひとつは飛行機と同じ昇降計で、もうひとつがトータル・エナジー昇降計だ。高度が上っても速度が落ちたら上昇と判断しない。カインティック・エナジー(速度のエネルギー)とポテンシャル・エナジー(高度のエネルギー)の総和を示す。
操縦桿を引けば機体は上昇するが、次には速度が落ちて機体は沈む。ほんとに上昇気流に乗って高度が上がったのか、操縦ミスで高度が上がったのか、判らないと具合いが悪い。だからトータルのエネルギーで判断し、ソアリングするのだ。
オービターもトータル・エナジーを制御しながら着陸点に向かって行く。《グライダー屋》には涙が出るほど良く分かる操縦で、ここまで来ればオービターはもうグライダーそのものである。
回廊は速度と高度に余裕があるから、トラフィック・パターンに適切な高度と速度で乗るように調節し、蛇行しながら滑空する。旋回はもちろんエルロンで行う。もっとも無尾翼機だからエレボンだが、2分割されていて高速時は内側だけが作動し、速度が落ちて来ると両方が働く。胴体下面のフラップは、下げ方向だけでなくネガティブにも作動するから、まるで15メートルクラスのグライダーのようだ。
グライダーは常に高めにアプローチし、スピード・ブレーキでパスを調節する。グライダーが安全に降りるためには、これが無いとどうしようもない。
普通のグライダーのスピード・ブレーキは主翼に着いているが、オービターはアスペクト・レシオが小さく、エレボンが全後縁にあるから、とても主翼には着けられない。そこでラダーを2枚にして、左右に開くようにした。これで減速しパスを調節する。
グライダーはレキュタンギュラー・トラフィック・パターンを描いて着陸するが、最良滑空比5のオービターではのんびりしてられない。滑走路を斜めに横切って、半径6kmほどのヘディング・アライメント・サークルに入る。これがトラフィック・パターンというわけだ。ファイナルにのるためのサークルで、むしろジェット戦闘機の360゜オーバーヘッド・アプローチに近い。
滑空比だけでなく、パイロットの出身を考えると合理的なんだろうなあ、と思う。
高度がほぼ4,000m、滑走路末端から12kmほどの所でファイナルに乗り、パス角21゜でアプローチする。普通のグライダーの倍以上の深いパスだ。もちろんパスをアジャストするためスピード・ブレーキが使われるのいうまでもない。630mで沈みを止めて、パス角3゜にしてタッチダウンする。
「見事に着陸するよなァ」 「それにしても、パス角20゜なんてオレいやだよ」 「当然自動操縦なんだろう?」
それまでニヤニヤ聞いていたヨーネン氏、初めて口を開いて、「もちろん自動操縦です。しかしシミュレーターでやったかぎり、手動でもたいして難しくありません」 「ムム・・・」
ちなみにヨーネン氏は航空工学専攻、さる重工のエンジニアで、和製のスペース・シャトル・ホープの制御を研究していらっしゃる。
いつしか雨も止んで、日も落ちてきた。クラブカーもおしまいにしよう。

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