研究室(6)サーマルの半径

 ときどき関宿でタグパイをやってくださる大石さんの翻訳で、SATAが発行したトム・ブラッドバリーの「滑空気象シリーズ」という本がある。この本の感動したところに蛍光ペンで線を引いたのだが、赤とか緑、黄色やオレンジなどではなはだ賑やかになってしまった。
なぜこの本が気に入ったのか簡単だ。どこかの国のグライダーように、滑空が思考を停止しもっぱら筋肉の仕業とするのではなく、グライダーがちゃんとセオリーを追求するエンジニアリングになっているからだ。飛行はリリエンタールの昔から科学であったはずである。しかもイギリスという地域に根差して、自分の足で立ち、自分の頭で考え、自分の手足で飛ぼうとする心意気がひどく気に入ったのだ。
たとえば重力の加速度が日本とは違うから、式を組み立て追いかけると同じ答えにならず面食らう。七転八倒して重力の加速度が違うと気が付くまでが大変で、最後に「ああ所変われば品も変わるのだ」と妙な感心をする。エンジニアリングとはかくあるべきである。空気の比重が違うのも面白かった。
能書きはそのくらいにして、サーマルの半径を計算しているクダリは是非再現する必要がある。まず単純化してセオリーを考えるのは物理学の入口だ。サーマルはそんな簡単なものではない、といわないところが西欧合理主義である。
本は面倒なことを書いているようだが、『サーマルは地面のコントラストの差が違うところで発生する。市街地あるいは乾いた土地が有望で、これらは周囲の田園地帯よりも温度が高くなるためサーマルの熱源を供給するのである』と素直だ。水田だから駄目だとひねくれていない。まず原理がある。
表題からして最後は雲の話になってしまうのだが、最初に地面ありきが嬉しい。徹底して地面に拘ろうとしている身には、ここが何とも心憎いのだ。
いま半径1,000mのサーマル熱源の土地を想定する。サーマルになるのはせいぜい高さ20mの空気だから、容積を計算すると62,800,000立方メートルとなり比重を0.121kg/mとすると7,600,000kgの質量になる。(日本では0.125kg/mだから勘定が合わなくて焦った)
ここからがイイ。はじめサーマルは円筒のように立つだろうと推定する。地面に足が付いているから辺りの風とは関係無く聳えるのだそうだ。聞いた話とぴったり符合する。結果LCL(雲底高度)が1,000mとすると円柱の半径は141mと計算できる。イギリスと日本では重力の加速度も空気密度も微妙に違うけれど、操縦誤差や技量を考えると数学的な意味はない。要するに半径140mくらいで旋回できないと、たとえ芯を捉えて旋回していても、サーマルからはみ出してしまうのだ。
円筒の下に周囲の空気が流れ込んで足はアイスクリーム・コーンのようになり、遂には地面を離れて風に流される。コーンの一番太いところが半径206mで、更に下は変質して最後はアンパンのようになり半径は247mとなる。そう計算できるのだそうな。
さてここで問題が2つある。1つはどのくらいの速度で旋回し、サーマルの中に止まることができるのかということと、どの地点はどのくらいの熱源であるのかということだ。
たとえば先に示したサーマルS1は半径1,000m以上の熱源だし、S2は半径が1,000mを切る熱源だろうと推定される。S3は500mに足りないのではないだろうか。このように考えると、たしかに日本のサーマルはハンディを背負っているし、その中で安定して飛べるグライダーが是非欲しいところだ。
バンク30°はいささか迫力に乏しいサーマリングだが、1/2スパンを7.5m、翼端マージンを5.5mにとって旋回するとする。要するに芯を捉え、翼全体がサーマルの中にいてなおマージンが5.5mある旋回をするということだ。ヘタクソで芯を捉えられないとしたらどうするなどとは考えない。
この場合、機速が50km/hでは半径43mの小さなサーマルでも空につかまっていられ、機速が70km/hでは71m無ければつかまってはいられない。サーマル熱源としては半径500m以上の乾いた土地が必要なのだ。

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